2013年03月19日
常識 非常識
人として経営者として凄く尊敬している方に興味あるHPを教えていただき
凄くええお話をきかせていただいた
少年野球でお世話になっている息子
チームでお世話になる事により野球の技術面だけでなく
協調性や仲間意識、そして勝つ喜び、負ける悔しさなど
たくさんの事を学ぶ
その学びは低学年で入部して段階的にスキルアップしていく
六年生の段階で学ぶ事を二年生に求めてはならないし、できなくてあたりまえ
二年生で入部したとするならば、声を出す事を学び、ボールに触れるだけでも
三年生になったならば、少しずつルールをおぼえ、もっと大きな声を出したら
そして六年生になった時
いままでの色んな経験を活かし、決められたルールの中で全員野球で楽しんで
おもいっきり喜んで、おもいっきり悔しがって、おもいっきり野球をやったら
将来、何をするにもこの経験がいかせる
ピッチャーにはピッチャーにしか学べない事やピッチャーにしか経験できない事がある
そう考えた場合、試合に出れないベンチ部員にもその部員にしか経験できない事や経験できない気持ちがある。
この経験は宝である
その自分だけしか経験できなかったことも
将来に凄くいかせる

名門高校野球部に入部し甲子園に行く者だけが成功者ではない
プロ野球選手になる者だけが成功者ではない
その場にわが身を置き、技術面も精神面も成長したいと考え節目までやりとげ、社会に出た時にその経験を最大限にいかせた
者全てが成功者と言える
そして、成長する場に身を置いている子供のアシストをするのが大人である
大人・・・大人とは指導者であり保護者
そしてその大人とは子供の頃から野球だけでなく色んな経験をしているいわば人としての先輩である
その大人が子供の頃も大人にアシストしてもらい成長してきた
『俺は指導者と合わなんだ』 『親父は好きじゃなかった』と振り返って言う人もいるだろう
しかし、反面教師として何かを気づかせてくれ自分の今の考えを持たせてくれているのは
その人の存在があったからである。
自分はああ言う大人にはなりたくない・・・その気持ちを持たせてくれる存在であったわけやから
また、大人とひとくくりにしているが指導者の場合は監督もいればコーチや理事、顧問と名のつく方がいる
保護者で言えば父親と母親、そして祖父・祖母
全て、役割が違うのである
監督と言う立場はすべてにおいて責任を負う重責を担っている。
そして、しょせん監督と言っても1人では全てを補えない
だから、信用を置くコーチに相談したり、信頼ある(理事や顧問)先輩に相談する事もあるであろう。
監督やコーチもそういった経験の中で大人として成長していくのである。
見返りを求めず、ボランティアで何十人もの子供の世話をしてくれる (勝利する為の過程が重要)
自分の自由な時間もつくれず
勝利した時の子供の笑顔や成長を見たいが為に
感謝の気持ちでいっぱいになる
指導者自身も指導の中での失敗や反省もし葛藤する場面も多々あるであろう。
その葛藤や失敗が経験となり大人として指導者としての成長の肥となっている事は間違いない
そこに伝統と言う言葉や名監督という名が付いてくるのである。
また保護者の場合、父親と母親がいるが
母親にしか持たない母性本能と言うものがある。
自分のお腹を痛めて産んだ子供、かわいくないわけがない
その母親のみが持つ母性本能とは我が子を中心に物事を考える場合が多いとされる。
これは悪い意味ではなく、本能(あたりまえの事)である。
保護者会などの中で物事を決める時
無意識のうちに我が子を中心に考えてしまうのが母性本能の特徴である
では父親の持つ本能とは何か
父性本能
父性本能とはまず組織を重んじる傾向が多い
仲間意識や協調性
組織としての在り方をまず考える傾向にある。
そして、子供の成長や立ち位置などを夫婦で話する時に父親と母親としての意見で色んな話をし
保護者自身も成長していくのである。
先日、あるおばあさんに聞かせていただいた
凄く印象に残った言葉
子供(孫)には小学生までに人生最高の親孝行をしてもらってるんやで
親孝行って、自分が年老いたとき、面倒を見てもらったり、旅行にいかせてもらったりする事が親孝行ととらえがちだったが
この言葉を聞いたとき価値観がまったく変わった
子供が自分達夫婦の間に産まれてきてくれて
この場に身を置いてくれて
指導者や仲間に育てていただいている中で
親も自然にその中に身を置くことによって
人として、そして大人として成長させられている事に気づいたら
本当に子供に感謝である
大人が主役ではなく
子供が主役
と言う事を決して忘れてはならない
子供が主役の舞台に自分の居場所(立ち位置)や役割を意識しだした時に自然と

が生じる事を決して忘れてはいけない
こんな話を熱く語り、ええ
を飲んで帰宅したあと
自分を見つめなおした
おかっちがいつもこれだけは思っている事、そして考えを
いつも末っ子ふうたに言う言葉
『お前はいつまでたっても兄貴(長男)を超えられない
』って
ふうたと同じ時期と比べると技術的にはふうたのほうが断然
上である
しかし、練習量も違ったし、何より一番違う事はチーム内での立ち位置である
長男にしか経験していない事と末っ子が軽軽している事の内容は比べようがないのである
だから、技術面だけで勝っていても決して長男を越した事にはならない
全ての立ち位置の部員の気持ちを分かり合え共有してこそであると思う
そして、親として子供に教えること
楽しめ
、ほんでなんぼやんちゃでもええ
喧嘩もしてもええ
怪我らなんぼでもしてきたらええ
なえって子供やもん
ほんで、そう言った事で叱られてきたらええねん
叱られて成長したらええ
叱ってくれる人がおるっちゅう事は幸せやれ
ほんで自分がやられて嫌な事は絶対人にはするな
これだけは、おかっち
やれ
キャッチボールも末っ子の球が早なってきて、目も悪くなってるし腰も悪いしで段々きつくなってきてる
技術面はいっさいよう言わん・・・
指導者の方々に全ておまかせ
これでええとおもてる
おまかせコースである
いっちょかみのド素人が技術の事ら教えられるわけない
こんな記事を書きながら一番頭に浮かぶこと
かんたも卒部したし、ふうたの小学生野球もあと一年
一年後のブログの記事はめっきり減るんかなぁ・・・
チームのお礼奉公に卒部後も記事を書かせていただく事できるんかなぁと考える時期になってまいりました
子供が野球でお世話になり丸七年
ほんま大人としての成長と子供の成長をさせていただき
日々感謝でございます
これからも主役の子供が輝けるようにアシストできるよう頑張ってまいりたいと思います
凄くええお話をきかせていただいた
少年野球でお世話になっている息子
チームでお世話になる事により野球の技術面だけでなく
協調性や仲間意識、そして勝つ喜び、負ける悔しさなど
たくさんの事を学ぶ
その学びは低学年で入部して段階的にスキルアップしていく
六年生の段階で学ぶ事を二年生に求めてはならないし、できなくてあたりまえ
二年生で入部したとするならば、声を出す事を学び、ボールに触れるだけでも

三年生になったならば、少しずつルールをおぼえ、もっと大きな声を出したら

そして六年生になった時
いままでの色んな経験を活かし、決められたルールの中で全員野球で楽しんで
おもいっきり喜んで、おもいっきり悔しがって、おもいっきり野球をやったら

将来、何をするにもこの経験がいかせる

ピッチャーにはピッチャーにしか学べない事やピッチャーにしか経験できない事がある
そう考えた場合、試合に出れないベンチ部員にもその部員にしか経験できない事や経験できない気持ちがある。
この経験は宝である

将来に凄くいかせる


名門高校野球部に入部し甲子園に行く者だけが成功者ではない
プロ野球選手になる者だけが成功者ではない
その場にわが身を置き、技術面も精神面も成長したいと考え節目までやりとげ、社会に出た時にその経験を最大限にいかせた
者全てが成功者と言える

そして、成長する場に身を置いている子供のアシストをするのが大人である
大人・・・大人とは指導者であり保護者
そしてその大人とは子供の頃から野球だけでなく色んな経験をしているいわば人としての先輩である
その大人が子供の頃も大人にアシストしてもらい成長してきた
『俺は指導者と合わなんだ』 『親父は好きじゃなかった』と振り返って言う人もいるだろう
しかし、反面教師として何かを気づかせてくれ自分の今の考えを持たせてくれているのは
その人の存在があったからである。
自分はああ言う大人にはなりたくない・・・その気持ちを持たせてくれる存在であったわけやから

また、大人とひとくくりにしているが指導者の場合は監督もいればコーチや理事、顧問と名のつく方がいる
保護者で言えば父親と母親、そして祖父・祖母
全て、役割が違うのである
監督と言う立場はすべてにおいて責任を負う重責を担っている。
そして、しょせん監督と言っても1人では全てを補えない
だから、信用を置くコーチに相談したり、信頼ある(理事や顧問)先輩に相談する事もあるであろう。
監督やコーチもそういった経験の中で大人として成長していくのである。
見返りを求めず、ボランティアで何十人もの子供の世話をしてくれる (勝利する為の過程が重要)
自分の自由な時間もつくれず
勝利した時の子供の笑顔や成長を見たいが為に
感謝の気持ちでいっぱいになる
指導者自身も指導の中での失敗や反省もし葛藤する場面も多々あるであろう。
その葛藤や失敗が経験となり大人として指導者としての成長の肥となっている事は間違いない
そこに伝統と言う言葉や名監督という名が付いてくるのである。
また保護者の場合、父親と母親がいるが
母親にしか持たない母性本能と言うものがある。
自分のお腹を痛めて産んだ子供、かわいくないわけがない
その母親のみが持つ母性本能とは我が子を中心に物事を考える場合が多いとされる。
これは悪い意味ではなく、本能(あたりまえの事)である。
保護者会などの中で物事を決める時
無意識のうちに我が子を中心に考えてしまうのが母性本能の特徴である
では父親の持つ本能とは何か
父性本能
父性本能とはまず組織を重んじる傾向が多い
仲間意識や協調性
組織としての在り方をまず考える傾向にある。
そして、子供の成長や立ち位置などを夫婦で話する時に父親と母親としての意見で色んな話をし
保護者自身も成長していくのである。
先日、あるおばあさんに聞かせていただいた
凄く印象に残った言葉
子供(孫)には小学生までに人生最高の親孝行をしてもらってるんやで
親孝行って、自分が年老いたとき、面倒を見てもらったり、旅行にいかせてもらったりする事が親孝行ととらえがちだったが
この言葉を聞いたとき価値観がまったく変わった
子供が自分達夫婦の間に産まれてきてくれて
この場に身を置いてくれて
指導者や仲間に育てていただいている中で
親も自然にその中に身を置くことによって
人として、そして大人として成長させられている事に気づいたら
本当に子供に感謝である
大人が主役ではなく
子供が主役
と言う事を決して忘れてはならない
子供が主役の舞台に自分の居場所(立ち位置)や役割を意識しだした時に自然と

が生じる事を決して忘れてはいけない
こんな話を熱く語り、ええ

自分を見つめなおした
おかっちがいつもこれだけは思っている事、そして考えを
いつも末っ子ふうたに言う言葉
『お前はいつまでたっても兄貴(長男)を超えられない

ふうたと同じ時期と比べると技術的にはふうたのほうが断然

しかし、練習量も違ったし、何より一番違う事はチーム内での立ち位置である
長男にしか経験していない事と末っ子が軽軽している事の内容は比べようがないのである
だから、技術面だけで勝っていても決して長男を越した事にはならない
全ての立ち位置の部員の気持ちを分かり合え共有してこそであると思う
そして、親として子供に教えること
楽しめ



怪我らなんぼでもしてきたらええ

ほんで、そう言った事で叱られてきたらええねん

叱られて成長したらええ

叱ってくれる人がおるっちゅう事は幸せやれ

ほんで自分がやられて嫌な事は絶対人にはするな

これだけは、おかっち


キャッチボールも末っ子の球が早なってきて、目も悪くなってるし腰も悪いしで段々きつくなってきてる

技術面はいっさいよう言わん・・・
指導者の方々に全ておまかせ

これでええとおもてる
おまかせコースである

いっちょかみのド素人が技術の事ら教えられるわけない

こんな記事を書きながら一番頭に浮かぶこと
かんたも卒部したし、ふうたの小学生野球もあと一年
一年後のブログの記事はめっきり減るんかなぁ・・・
チームのお礼奉公に卒部後も記事を書かせていただく事できるんかなぁと考える時期になってまいりました
子供が野球でお世話になり丸七年
ほんま大人としての成長と子供の成長をさせていただき
日々感謝でございます

これからも主役の子供が輝けるようにアシストできるよう頑張ってまいりたいと思います
Posted by おかっち at 09:06│Comments(4)
│少年野球って・・・
この記事へのコメント
あのね
長い
長い
Posted by まっくん
at 2013年03月19日 12:58

まっくん
けど
読んだんやろ?
けど
読んだんやろ?
Posted by おかっち
at 2013年03月19日 13:00

ええ~
すごくええ!
わかる人が何人いるかな~
棒チ-ムの保護者に配ってやって!
すごくええ!
わかる人が何人いるかな~
棒チ-ムの保護者に配ってやって!
Posted by ニャム大王 at 2013年03月19日 13:13
ニャム大王様・・・
飲みに連れってください
飲みに連れってください
Posted by おかっち
at 2013年03月19日 13:22
